東京で働き始めて2年、24歳の半ばに突入していた紗季は危機感があった。営業として数字を追う毎日を楽しんではいるものの、日々上がるノルマ。一年前に破局して以来、彼氏もできず、職場にもイケてる人は皆無。
「このままアラサーになってしまう…」そんなもやもやした気持ちを抱えていた中、友人のインスタグラムで流れてきたパーティーが目にとまった。
大人数での集まりには苦手意識があり敬遠してきたが、このパーティーは少人数かつ招待制。
「友だちも行ってるし、まぁ変な人もいないだろうな」
と思い招待してもらった。
「職場に新しい出会いもないし、視野を広げるにはいい機会かもしれない」と期待を抱いた。
パーティーの会場は中央区のタワマン地帯にあるマンションのラウンジだった。
「ちょっとイキった感じの会かな」
と身構えていたが、案外落ち着いた雰囲気だった。同年代が多く招待制であることも関係し、気負わずにすんなりと溶け込むことができた。
主催者の仕切りで自己紹介のゲームが会話のきっかけ作りをしたあとは、特に主催側からの働きかけはなかった。
が、不思議なことに、各々が近くにいる人と肩肘張らずに自然と会話を始めていた。
洋楽をバックグラウンドに何人かとの雑談を楽しんでいると、シャンパン片手にアロハシャツの男性が近づいてきた。
(…なぜアロハシャツ?)
と若干引きつつも、近づくにつれ、かなりのイケメンであると認識する。
「慶介です。このイベント始めて?」
「あ、はい。たまたまインスタでみつけて…」
久しぶりにイケメンに話しかけられ、しどろもどろになる紗季。
「やっぱり!あんまり見ないなーと思った!」
「よく来てるんですか?」
「うん、ここの運営と知り合いだから、結構きてるよ。会社の同期なんだ」
慶介は汐留の人材系ベンチャー企業に勤める傍ら、副業でグローバル領域のサービスも運営しているらしい。
「副業が回り始めたら、そっちで食べて行くんだ。お金は自分で生み出して生きていきたい。」
どうやら慶介は大学時代に海外インターンをしていたらしい。その経験が人生観に大きく影響を与えたようだ。
副業というワードが、紗季には新鮮だった。職場では営業として頑張ってはいるものの、どこまでいっても会社の一員でしかないことに物足りなさを感じていた。しかし、職場でもプライベートでもその違和感を共有できる人は周りにいなかった。
とても気さくに喋ってくれる慶介のおかげで、いつのまにか緊張も消え、逆に自分が経験したことのない経験をしている慶介の視野の広さや行動に対して魅力を感じ始めていた。
しばらくお互いの仕事や学生時代を語り、LINEの交換も一通り済んだ頃、
「副業の打合せがあるから、今日はこれで。また話そうね」と言い残し、慶介は立ち去った。
「今日はありがとう!たのしかった!」
普段は自分から先に連絡をしない沙希だが、その夜待ちきれずにラインをした。
程なくしてラインが返ってきて、何回かのやり取りの後、無事再会の約束にこぎつけた。
2週間後の週末、約束通り慶介の行きつけというバーで待ち合わせをした。
おそるおそる扉を開けると、マスターらしき人物とカウンター越しに話している慶介の姿が見えた。他のお客さんはまだいないようだ。
「お、紗季ちゃん!」
気づいた慶介に手招きされ、そろそろと店内に入る。
席に座るとマスターと目が合った。
「また可愛い子連れてきたね、慶介」
(また?)と少し気になったが、可愛いと言われたのは気分がよかった。
紗季が若干緊張しているのをみてとったのか、二人は雑談を進めながらちょくちょく紗季に話を振ってくれた。
「このバーはサークルの先輩に連れて来てもらったことがきっかけで、ちょくちょく自分でも来るようになったんだ。この前話してたマレーシアへの留学も、マスターの紹介がきっかけで行けることになったんだよ」
「慶介から海外にいきたいっていう話をずっと聞いてたから、アメリカで起業してるヤツを紹介したんだ。そいつが海外とか起業に興味がある学生向けのマレーシアでのインターンプログラムを組んでいて」
好奇心旺盛な慶介は、このインターン以外にも、スカウトサイト経由でマーケティングや事業開発を学んでいたらしい。
「慶介は学生時代から優秀で、将来は大物になるなと思ってたよ」
(そんな機会が学生時代にあったんだ…)
大学時代はサークルとゼミという普通の学生生活だった紗季。大学3年の時に就活に焦って適当なベンチャーでインターンをしたことはあったが、ルーティンワークがつまらず直ぐにやめてしまった。
(この差は何だろう…)
気づけば、慶介の原体験を探ろうと色々と質問をしていた。
そもそもなぜ海外に興味を持ったのか。両親はどういう人だったのか。
マスターもそこまでは聞いたことがないらしく、料理を作りながら耳を傾けていた。
「そうだなぁ…」と過去の記憶を辿りながら、慶介は丁寧に答えていった。
はじめて慶介が海外にいったのは幼稚園の頃だった。ニューヨークに転勤した両親の友人宅に遊びに行ったのだ。英語はもちろん話せなかったが、日本で流行ってるアニメが向こうの広告にも流れていたのが印象的だったという。
「それが同時多発テロの前の年だったんだ。テレビでみた時は衝撃だったよ」
また、慶介は幼い頃から本の虫で、活字を通して広い価値観に触れていたらしい。
「様々な人が様々な価値観を持っていて当たり前なのに、どうして国同士で争う必要があるのか、とても不思議だったんだ。国際関係とか世界のことに興味を持ち始めたのは同時多発テロがきっかけだったかもしれない」
国際弁護士を目指し都内の難関大学に進学するも、自分が解決したかったことと弁護士という仕事にずれを感じる。
すでに起きた紛争を調停するのではなく、そもそも争いが起こらないようにすることの方が重要だと考えたからだ。
「…とか真面目なこといいつつ、実は1年目は授業サボってサークル入ってあそびまくってたんだけどね」と舌をだす慶介。
大学生らしい生活を送る傍、大好きな読書だけは欠かさなかった。授業は出ずとも、図書館には頻繁に通い、国際関係・歴史・人間心理など興味の赴くままに読み漁った。
「授業よりも、本で読んだ知識を実際の社会で活かしてみたくなったんだ。とにかく何かの課題を解決する経験をしてみたくなって、色んな大人に相談した」
マスターともその一環で出会い、マレーシアでのインターンに繋がったという。
「マレーシアのインターンでは何をしてたの?」
「インターンでは現地の学校向けに日本での教育プログラムを作ったり売ったりしてた。街でビラ配りもしたし、飛び込みで企業に訪問して営業したり。現地のアルバイトさんのマネジメントもしてたよ。これはすごい大変だったなー」
仕事一辺倒ではなく、定時後はクラブに行ったりシーシャ屋(水タバコ)を吸ったりして、とにかく現地の人が行く場所で遊んでいたという。
「なるべく現地に溶け込まないと彼らの考えはわからないと思ったんだ。遊び続けてるうちに、いつのまにかマレーシアに馴染んで、言葉も通じるようになってた。アルバイトのおばちゃんとも仲良くなったし」
と慶介は懐かしそうに語った。
「マレーシアに行って何が一番よかった?」
「一番はポジティブになったことかな。海外では言葉も通じにくいし、大学名も肩書きも一切関係ないからね。自分の人間力で勝負して行くしかない。その中でも頑張れば何とかなった経験ができたことが本当によかったよ」
「慶介、マレーシアから帰ってきてからは確かに人が変わったように明るくなったなぁ。前はもっとインテリぶって気難しそうだったけど」
ずっと話を聞いていたマスターが感慨深そうに漏らした。
「いや、本当そう。前はどこか斜に構えてたと思う。帰ってきてから友達も増えたし、狙った女の子も落とせる様になった(笑)」
慶介の横顔に見とれていた紗季は最後のセリフにはっと我に帰った。
「…ち、ちなみに今彼女はいるの?」
紗季は意を決して聞いてみた。
「え、いるよ?」キョトンとする慶介。
(いるんかーい!!!)
こうして紗季の淡い恋心は砕けちった。
だが、海外経験を通じて視野と人間力が磨かれた慶介の話を聞いて、紗季の世界も少し広がった気持ちになれた。
(今度の休みは海外旅行に行こう。慶介くんみたいな素敵な人を捕まえるんだ)
そう心に誓い、バーを後にしたのだった。
<NEXT>
次回の舞台はタイのフルムーンパーティー。海外大卒で筋トレが趣味の事業開発マンと意気投合するが…?乞うご期待!